2016/06/06

初の「雀荘展示会」の見学後レポ~その①

以前、ブログにも香港の麻雀屋について

簡単に紹介したことがあります。

香港魂をはじめ、地元でも普段には入らないところですが、

まさか、開業40年以上の「大財利麻雀」の移転休業による、

香港初の「雀荘展示会」の開催ができた。

この間、見学しに参りまして、私にとっては貴重な体験でした。

ぜひ、この場で吸収できた「雀荘」事情をレポしたいです。



まず「大財利麻雀」の所在地は新蒲崗の錦榮街にあります、

ちょうど見学時間は夕方から夜にかけてる時間帯のおかげで、

香港映画でマフィアの出没しそうな雰囲気に包まれてる街になっています。

「大財利麻雀」の店頭は40年前の開業当時とはあまり変わらず、

店外に待機してる老若男女の見学者とは対照的、アンマッチな風景でした。



その中に、突然現れる元気なおじいさんがいて、

「皆も見学しに来るの?どうぞ、早く店内に入っておいてよ!」と、

ニコニコしながら声を掛けられた。

実は、香港の雀荘歴史の中でもっとも重要な人物と言っても過言ではない、

後ほどの出番でご紹介しますね。


入場後、70年代の旧式雀荘の仕様ままで見受けられ、

そして、壁に大量の歴史的な写真や新聞記事などが展示されています。

最初ご案内されてたのが香港の麻雀歴史の紹介ビデオコーナー、

その中に、「大財利麻雀」の姿も見れました。


次に、

麻雀の由来は中国の伝統的なカードゲーム「馬吊」からと紹介された。



手作りとそうではない麻雀の触り比べもできたし、

今、手作り職人さんは香港に二人しかいませんこともわかった。




麻雀以外、もちろん一番気になるのが雀荘内の配置、施設です。

一角に当時の模様が再現されます。

鉄制の机、木の椅子、壁に貼られた料金表や注意書きなども、

一つ一つもとても風味がります。

たばこの煙で汚れた壁、天井、表示札までも生々しいです。



テーブルごとで、必ず番号札がづいてる!



様々な注意書きも時代を感じますね、

右から左の書き方だけでもレトロ的です。

傍観しないでください!」

「口頭での借金は自ら処理してください!」とかも面白いですね。

さすがに麻雀のルールに詳しくないと、

何を言ってるかわからないかもしれません。


テーブルごとで、この黄色のようなレート札による、

皆さんが賭けてる金額がわかり、

お客様でも自分のニーズに合わせるようにテーブルを選びます。

常連だったら、賭けることを始める前に、

必ずこのレート札を触り尽くすという習慣があるという、

幸運をもたらすと信じる人は少なくないようだ。


麻雀屋の用語も紹介された。ちなみに、「竹館」とは麻雀屋、

なぜなら、麻雀は元々竹で作られたからです。

用語はほの一部しか聞いたことありません。


ジャンジャン!!元気おじいさんの林祺さんの登場だ!

すぐカメラに囲まれたね、

冒頭この写真の前列の真ん中に指差した、

「この人は私ですよ」と自慢げで話し始めた。



1956年、政府から「雀荘」に対する規制管理による、

ランセンスの取得が必要となり、

政府との調整と交渉を行うため、

香港の各雀荘で商会を結成しました。

初代の会長はまさしく林祺さんで、

そして、雀荘ライセンス第一号の取得者も彼でした。



林祺さんのお父さんで、

林賢昆さんは香港で第一軒の雀荘~「鷄記蔴雀娛樂」の創立者です。

1933年に廟街で売店から、雀荘に変身した。

その売店は常に地元の行きつけもあって、

次第に暇つぶしのために、店から麻雀を借りることになり、

この手でから得られる利益がおいしかっただろうか、

遂に雀荘のような形な店までに成し遂げました。




香港の雀荘歴史は80年以上もある中、

廟街の「鷄記蔴雀娛樂」の本店はまだまだ健在!

錦榮街にも支店あるので、

この香港雀荘パイオニアの看板を見たいことはそれほど難しくありません。

それを見て、香港映画のどかのシーンを思い出すかもしれませんね。




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