2015/12/31

新年の挨拶

明けましておめでとうございます!

皆さんの2015年は如何のお年でしたか?

香港魂にとって、

たくさん挑戦できた年でした。

いろな香港を愛する方にお会いできて、

一人、一人からの言葉、思いが私の原動力になり、

2016年さらなる形でいろな香港の一面を紹介したいと考えています。

許す限りやり続きます。


ただいま、旅にしています、

香港から離れてみて、やっぱり唯一無二の場所を改めて感じます。

香港魂を始める頃の初心も取り戻すことができた。

これから変わって行く香港を記録したい、

もう香港じゃなくなるまで書き続けたい!

あと何年だろうと思いつつ、環境の変化が想像以上に遥かに早かった、

特に過去1年の変化はあり得ないぐらい大きかった、

感じる人もいれば、感じない人もいるだ思います。

音、色、物などの面もわたしの故郷に少しずつ違ってきた、

常に変貌することが続ければならないのが香港の運命であれば、

受け止めるしかありません。

香港魂のできることは、カメラ、文字で

全部記録しておくことです。

2016年、おそらく変化の激しい一年になると思いますが、

どうか、引き続き、お付き合いをお願いします。

では、お健やかにお過ごしください。

2015/12/23

将来の九龍城砦

佐敦にあるキレイに並ばれてる建築群、

たぶん何度も香港に通った人の目に通ったことがあると思います。

本来の名は「文華新村」という住宅団地ですが、

全て八棟、それぞれの棟に付けられる名前の頭文字も「文」からで、

「八文楼」とも言われた。

(写真:internet)

1964年から1970年の期間で建築された「文華新村」ですが、

あの頃は実はほとんど海に囲まれてる状態、

上記の写真のような絶好の立地であった。

海に面する部屋に住んでた地元による、

釣り竿さえあれば、自宅でも魚でも釣れるらしいです。





フェリーの埠頭、バスターミナルもその隣に揃ってたために、

交通の便がよいを誘因にして、当時かなり大人気の住宅ともなってた。

ただし、1998年の西九龍の埋め立て計画による、

本来海沿いの光景がみれなくなった、

周辺が高層ビルや、ショッピングモール、

新しい鉄道の駅に囲まれるばっかりです。

違う意味で目立つの建物群にも見え始めた。




既に港の景色を見守り続けてる50年「文華新村」ですが、

老朽化に進む一方、ビルとビルがつながってることもあって、

暗い世界とか犯罪者が隠れやすいイメージがいつの間にか押し付けられた。

2003年、史上最大の盗賊の逮捕劇がここで起きて、

ゆくゆくこの事件を映画「ブレイキング・ニュース - 大事件 」にして、

撮影ロケもここで敢行した。

でも、その一件以外、それほど治安が悪いところではありません、

雰囲気だけが怪しいです。笑

ところで、この団地に住んでから有名になる有名人が結構いる、

ジャッキー・チェン、サモ・ハン・キンポー

チャウ・シンチーセシリア・チャン、

また、議員、弁護士、医者になった人も輩出、

出世運のアップする団地とも言われます。



本来なら、団地が解体され、建て替える運命に迎えるはずでしたが、

今年に入ってから、免れることを知って、ホッとしました。

なぜなら、現在この団地に様々の人種も住んでる、

日本人、ヨーロッパの人、ネパール人、インド人、東南アジア人なども、

チョッキン―マンション化にも成り始め、

さらに、地下鉄の柯士甸站の開通によって、

様々なレストラン、バー、デザート屋もここで開業するようになり、

普通の古い団地から少しずつ変身しつづてるようです。

今度その変身ぷりを身近に感じてからレポするつもり、

香港魂から見ると、将来は「西」の九龍城砦になる素質がある、

50年後は楽しみです。

2015/12/22

地元仕様の海鮮街~三聖

香港らしい海鮮料理を食べたいと思ったら、

どこか浮かび上がる?

アバディーン ?南丫島?西貢?鯉魚門?

すべでメジャーですね、ある程度観光客向き的な「設定」になっていますね。

実は香港の西側にもう一個聖地があるをご存知ですか?


屯門にある「三聖村」はまだ完全に地元「仕様」になってる!

唐朝からここ「三聖」は「青山湾」という、既に漁港だった。

この辺りに儒、釈、道の三聖人を奉祀する廟があるため、

70年代から正式に三聖」を命名した。

80年代、政府から屯門を重点に大規模の開拓を命じ、

多くの漁民が「三聖村」という団地に移り住ませるようになり、

団地の周辺に徐々に魚屋が現れ、

海鮮料理の店もいつの間にか並ぶようになり、

それで「三聖海鮮街」に仕上った。


まさに、街全体が海鮮の街!地元のワイワイ声を聞きながら、

自由に魚屋でほしい素材を購入するとができて、

さらに、自分の好みのレストランに持ち込んで調理することも可能、

それはテンション上がるよね。


まさに、街全体が海鮮の街!地元のワイワイ声を聞きながら、

自由に魚屋でほしい素材を購入するとができて、

さらに、自分の好みのレストランに持ち込んで調理することも可能、

それはテンション上がるよね。



これは香港魂の仲間の一人旅達人が水槽を指差して購入できた収穫だ、

大きなホタテ貝2枚、マテ貝2本、ゆで海老用の蝦。

合計160HKD!!!!!めちゃくちゃ安い。

素材の質、値段も私の大好きな西貢を遥かに凌ぐよかったみたい。



出来立った状態はこんな感じです。

厚みと大きさは圧勝したらしい。


エビは写真通り、大きい!!

食感、甘み。西貢の比じゃない、今までで最高だって!


土日、休日が地元以外の人でも大量訪れてきて、

本来レストランは団地の指定構内場所しか営業しませんのに、

こういう時に、公共の場所にもテーブルと椅子を広げるようになり、

団地とラストランが一体化になってる、

恐らくここしか味わえない雰囲気だと思います。



夜が更ければ更けるほど、人が増えてる一方、

それは香港の中心部の専利ではない、

どこの団地にもありうる光景です。

団地生活の魅力の一つはこれだ、

体験したい方々なら、

一度この人混みに侵入してみてください。


アクセス:KMBバス 52X、53,61M 
     シティーバス 962  三聖邨下車

2015/12/21

有名人御用達の茶餐廳~祥興咖啡室

ここはとてもおいしいところではない、

但し、香港に多くの有名人も訪れる、

その数はおそらくナンバーワン!

誰も知ってる芸能人、政治家、有名なジョッキーなども常連、

トニー・レオン、ニコラス・ツェー、ラウ・チンワンをはじめ、
壁にある数えきれないほど有名人の直筆サイン色紙はまさに証拠だ。


ハッピーバレーに店を構え60年過ぎ、

地元に愛される店ですが、

もちろん周辺に住んでる芸能人、有名人もよく通うによって、

その名が世間に広げた。


2年前から内装を一新したため、

昔の面影が残されるのが少々のところがある、

よく観察してみたら、きっと発見すると思います。


まず、向かい側のカップルが注文したやつがおいしそうで、

わたしも真似して同じのをお願いした。

メロンパンに目玉焼とハム!

本来ここの「菠蘿油」ですが、

敢えて別のしました。



「菠蘿油」に飽きた香港魂にはちょうどいいかもしれません、

中身を見てみると、普通の目玉焼とハムは入っています。

とてもおいしいとは言えないが、

とにかく新鮮な食感でポチポチ満足。



とっておきの奶茶は思った以上うまかった、

熱さがちょうどいい、飲みながら、じっくり店を観察することができました。



「菠蘿油」に飽きた香港魂にはちょうどいいかもしれません、

中身を見てみると、普通の目玉焼とハムは入っています。

とてもおいしいとは言えないが、

とにかく新鮮な食感でポチポチ満足。


この一角は昔の部分がよく再現されてるみたいね。



写真にある直筆サイン色紙は単なる20分の1と言っても過言ではない、

メニュー以外はほとんとサイン、サイン、サイン!!!


床タイル、テーブル、椅子などもレトロ風の徹底ぷりで、

壁掛け電話、店舗のシャッターはわかりやすく取り残されたものだね。

新旧うまく融合されてる感じです。




メニューは普通の茶餐廳より少ないが、

決して数種類しかないわけではないので、安心してください。

改めて、とてもおいしいわけではないので、

せっかくこの周辺に来られる時に限って、入ってみるぐらいなら、

がっかりしませんはず。


★芸能人のサインを確認したいなら、店員に聞いた方がいいです。
 本当に探すには時間かかますよ。

がっかりしませんはず。

住所:跑馬地奕蔭街9-11號地下
営業時間: 07:00-18:00



2015/12/18

最古墓地

香港最古の墓地のうち、

ハッピーバレーに2個も並んでいます。

平日か休日に関わらず、

ものすごく静かな場所であります。

ここのお墓や建築物は様々な外貌を持ち、

植民地色を感じれるほか、素晴らしい彫刻もみれます。

そのため、写真好きな人がよく訪れ、

時には墓地視察ツアーも行われてるようです。


まず香港墳場の中に入っています。

1841年、ここに埋葬されたイギリス軍の艦長が最初の使用者です。

1931年までにはイギリス人か日本人しかない、

それ以後、中国人にも埋葬されるようになった。

墓地中の教会ですが、墓地と同時に建てられて、

香港最古の教会とも言われ、

一級歴史建築物に認定されています。


教会に過ぎ、そのまま奥に入ると、

さらに各種のお墓が見れます。

普通のお墓もあれば、巨大のもあり、尊さに圧倒された、

香港にいることを忘れるぐらい特殊な環境でした。




香港墳場は12000基もあるので、

面積はかなり広いです、

また、全体は公園的な作りをされて、

途中ベンチもあったりして、不気味な雰囲気はまったくありません。

むしろ、休憩するような場所と感じますね。

  


当然、結構有名人もここで埋葬された、

香港ランド・ホールディングスの創立者~Sir Catchick Paul Chater、

啓徳空港の産み親の一人~何啟さん、

香港の歴史に欠かせない代表者~何東さん夫妻、

またまたたくさんいます。



香港墳場のすぐ隣は跑馬地天主教聖彌額爾墳場である、

23000基のお墓もあります。

実はこの墓地の最初の場所は湾仔の聖佛蘭士街でしたが、

大規模な開拓計画による、

1848年に現在の場所に移しました。

入口にある対句が相当有名らしい!


この墓地もそうですが、

十字架以外、聖人、天使、半裸の彫像もたくさん目にします。

雰囲気も香港墳場と一貫し、

暗いや怖い感じまったくありません。


墓地の真ん中に墓地礼拝堂があります、

聖彌額爾墳場小堂と言い、

1916年に建てられ、

墓地外でも見れるほど大きい建物です。




意外と知らされてないことで、

既に8フィートの壁に囲まれてる墓地ですが、

2009年前にセキュリティーがードなんで雇われてなかった、

勝手に侵入して泊まる人もいれば、

お墓を破壊しに来る集団もいるということで、

セキュリティーがードが常駐するようになった。

しかし、範囲はとても大きいので、

一人では見張る限界もあって、たまに隙間を狙って、

泊まりに来るホームレス、単なるここに飲みたい人が入れた。

日本の墓地はこいうことが起きないかな? 



香港墳場、跑馬地天主教聖彌額爾墳場のオープン時間:0800~1900(夏)
                         0800~1800(冬)