2017/12/11

独特な香りを漂うガチョウ~新光燒鵝餐室

自分の味を信じ、
ミシュランより、毎日香港を食べ尽くしてる香港人の舌を信じ、
70年代から独特な方法で仕上げるガチョウのローカル名店より、
モダンなガチョウを売りにする茶餐廳を行って見ました。
本店は土瓜灣の路上でごく普通の燒味店ですが、
地元の価格でホテル級の品質のものを提供し続けた原因で、
いつの間にか周辺地域をはじめ、
店の名のうすうす香港内にも知られるようになりました。


昔のような燒味茶餐廳とまったく違い、
綺麗な内装がされて、清潔感が全面的にアピールしています。
誰も入りやすく、
ランチの時には外までお客さんが溢れています。


注文はもちろん贅沢なガチョウランチセットです。
日替わりのスープ(例湯)と飲み物がついています。
食器が陶磁までは行かないが、
プラスチックでありながら、品がある絵柄だけで好感度が上がりますね。


真っ先にスープを味わってみた。
化学調味料を使用しないと大好評だそうです。
確かに具がたっぷりの上、濃厚でした。
極端の話でスープと白ごはんだけでも満足できるかもしれません。


肝心のガチョウはこちらです。
ランチセットとは言え、しっかり盛られています。
話による、ガチョウを焼く時に、
焼炉にライチの木も投入することによって、
香ばしさ以外、特別なスモーキーな香りが付いて来ます。


わずかな臭みもなくし、
丸ごとガチョウを味わうことができてうれしいです。
肉質と焼き具合はもちろん絶品で、食べ応えが抜群です。
見た目はもうちょっと整ったら、
普通のホテルが出されても違和感のない一品です。


大変混み合ってる時に、
諦めないでください。
ティックアウトでもしてみましょう。

住所:筲箕灣寶文街2號海峰中心地下9號舖
営業時間:月~金(1100~2200)、土日(1000~2200)

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2017/12/04

アーセナルからもたらした公共空間

いつもなら、金鐘(アドミラルティ)にあまり見所なく、
散策できるところあまりないイメージと思われがち、
香港島を代表する都市公園の香港公園ぐらいいか浮かべ上がらないです。
実は、香港公園への道の逆側にもひょっとしたら、
安らぎひと時間を過ごせる場所があり、
今だに多くの人々に知らされていません。
遂に先日さらっと行って来ましたので、
その中身をご紹介します。


パシフィックプレイスにある長いエスカレーターに登り詰めて、
右側に曲がると香港公園への道ですが、
今回は左へ、
「法院道」を沿って徒歩1分もかからないところで、
イギリス領事館が見えて、
その迎い側に今回の目的地の『亞洲協會香港中心』、
かつてはイギリス軍の兵舎の敷地でしたが、
数年前に大型な修復工事による、
今一般公開できる立派なアートギャラリーと劇場に変身された。 


平日にもかかわらず、
若い人たちがこの都会の中の穴場に訪れてきています。
香港公園内の法定遺跡を含め、
こちらにある古い建築物も当時ビクトリア兵舎の敷地内の施設でした。
アーセナルとして1843年~1930年次から次へと建てられて、
1979年兵隊が移管による、建物が政府の倉庫になった経緯もありました。
三ケ所が一級歴史建築、一箇所が三級歴史建築も認定されまして、
そのほかの新しい建てられた部分がホールになったり、
レストランになったり、
ビクトリアハーバーまで一望できる絶好位置に潜んでいます。


新しい部分はスルーして、
橋か回廊のような長い道を抜けると、
植民地色の建物が現れます。


こちらは三棟の軍器の製造工場のうちの一棟です。
外貌だけで見れると、
普通の兵士の寮舎しか思わないぐらいきれいです。


武器製造工場のイメージとアンマッチングの優雅な回廊、
どこかのリゾートホテルと思われるほど洗練された感じです。


シーリングファンまでついています。
説明はなかったら、武器を製造する工場だとわからないです。


道に進むと、
巨大なマウンドに遭遇しました。
誤った爆発事故を防ぐ目的で、
武器の製造工場と武器倉庫を分離させるように建てられたそうです。
そして、
修復工事による、
マウンドの周辺に4本の大砲が発見されて、
現在まさにマウンドの前に展示されています。
見つかった当時の様子の詳細もかけられています。


四本の大きさがそれぞれですが、
どれでも存在感パッチリです。


次に目に入ったのが全棟花崗岩で作られた倉庫です。
よく見てほしいのが倉庫の前に軌道が見れるはず。
ここだけではなく、
軌道が敷地内に巡って回っています。
やはりあらゆる武器を運ぶ台車が必要でしたでしょうね。


倉庫の背後にコンラッドホテルの姿が見れます。
なかなか神妙なツーショットですね。


倉庫を後にしたら、
別のこぢんまりした倉庫もう一棟に出会えます。
今劇場になっていますが、
当時の雰囲気が感じ取れる部分がまだ残っています。


狭いドアに入ってみると、
丸いアーチの長い回廊が今明るい照明がついてるが、
昔は違ったはず、
倉庫に出入り兵士たちがこの狭い通路で?
ふくよかな方が入る前に、
一回確認した方がいいかもしれません。


倉庫より、
刑務所のような感じもします。


倉庫から出ていて、
すぐ曲がったところに、最初に見た倉庫の裏側が現れます。


こちらの倉庫がギャラリーになっています、
普通に展示会を見に入れると思いますが、
時間は時間で、
今回はスルーです。
本当は見たかったです。


ギャラリーに過ぎると、再び最初に見た武器製造工場に戻った。
実は先ほど見逃した重要な遺跡があります。
これらのイギリス海軍の境界石たちです。


修復工事の時から発見された七基です。
軍事の用地を示すために、
当時イギリス海軍が使用してたものとみられます。


アンカーマークと1905が刻まれていますが、
はっきりみれるものととそうでもないも立ち並ばれています。
本当にお疲れ様でした。


歴史的なものがここまで、
先ほど来た道に戻る途中、
空中庭園に行ける表示があるので、
とりあえず、行って見ました。 


高いビルに囲まれてる庭に、
いくつの芸術作品が展示されて、
青い空の下にゆっくり隙間に見える港の景色を眺めながら、
ランチやお茶できれば、最高の場所だと思います。


こういう贅沢な空間をもっと多くの方もご利用でき、
訪れてくれればいいのに、
まさにお昼の時間ですが、
1,2人しかいませんでした。
入館無料だから、
行かないと損しますよ。


場所:金鐘正義道9號
開放時間:火~日(1100~1800)、月曜は定休日

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2017/11/27

大坑の歴史建築物巡り

100年前の大昔、ここがビクトリアハーバーに面して、
変哲もない客家一族の小さい村だったですが、
村の背後に『畢拿山』があって、
山の上流から大きな坑道で雨水などを港までに流れて行きます。
そのため、『大坑』と命名されたわけです。
今でも坑道の痕跡がみつかるはず。
客家村から雰囲気ある小さい町に変身された、
立地の便利さによって、
今後また再開発の目前に一度訪ねてみて、
過去の歴史を振り替えながら、
散策してみました。


まず「書局街」12号の建物です。
この場所に1909年から建てられたフリースクールがありました。
貧困の子供たちに無償で授業を受けさせる学校で、
道の名も「School Street」に付けられました。
日本から占領された時に、学校が壊されたため、
1949年に今の建物が建て替えられました。
既に三級歴史歴史建築と認定されて、
現在は『火龍文化館』として再利用しています。
言わなければ、普通に素通りしますね。


次に「書局街」4号の建物です、
パッと見ではどこの領事館に見えるかもしれませんですが、
実は普通の一軒家、
オーストラリアの夫、
タイの妻がこの1933年に建てられた建築に一目惚れをしたため、
自ら購入して住み着きました。


その隣の「書局街」3号はヘアサロンになっています。
外国人夫婦とは関係あるかどうかわかりません。


そして、ここ「施弼街」8号の建物です。
大坑のブルーハウスと言われます。
一階と二階ともそれぞれの家族が生活しています。
どちらも先代から引き継がれて住み続くとのことです。
情報によると、
建物が1930年代に建築されたものです。


確かに外貌がアール・デコ風ですが、
なぜか香港映画の【歳月神偷】のシーンが思い出された。
香港の世代後代を象徴する旧宅です。


こちら最も目立てる建物が1933年に落成された。
一階のところで美容に関連するお店になっているためか、
客を呼ぶ手段として壁をピンクに塗り替えました。
数年まらからも三級歴史建築に認定されたものの、
とても歴史建築にふさわしくないと不評が今でも相次いでいます。


歴史あるところに老舗も欠かせないです。
「新村士多」こそ地元に知る人ぞ知る売店です。
以前、ご主人が店の前に椅子を並ばせ、
通りかかる地元たちに声をかけたり、
世間話を誘ったりする道具になりました。
残念なことは再建計画を決めたとともに、
一連の買収による、
お店を閉め、取り残されたのが椅子だけです。
かつてはにこやかな光景も見れなくなりました。


大坑に最古の建築物と言えば、
こちら「新村街」30~31号です。
今はカフェやワークショップになっていますが、
1894年の清代の末期に既に存在してるそうです。


三角形の屋根と舗装された瓦を注目して頂ければ、
このエリア内に特別な存在感が伺わせることができます。
今まで大坑の変化を見守ってきた唯一の一軒に違いないです。
不思議なのが今だ歴史建築に認定されていません。
おかしくありませんか?


なんだか寂しい感じの街巡りです、
タイムリミットがわかってる中に生活してる皆さん、
今どんな思いで過ごしてるだろう。


庶民エリアから少し離れ、
高級住宅地となった山麓へ進んでみます。
登り上がるにはまず「浣紗街」に沿って行かないと辿り着きません。
ちなみに、かつて村人がこの坑道の水で洗濯したため、
洗濯を意味する「浣紗」が道の名前にしました。


急な坂道ではないので、
それほど気力かかりません。
右側の遊園地が目印で、
そこから入口があります。


遊園地の迎い側にも風味がある建物があります。
調べたら、香港に過去存在してた公務員たちだけにローンを組ませ、
割安な土地代で建たせるマンションの一つ「融苑」です。
売り出す、借り出すも許されてない条件もあるため、
ここの16部屋の住民がこれまでの50年もずっと住んでいます。


遊園地の裏にこの階段が見れます。
そこから高級住宅地に登り上がります。


高台まで登り詰めた後、
さらに前に進むこと1分ところに、
私道となる「利群道」が見れます。
そこからまた素晴らしい邸宅が立ち並んでいます。


アール・デコの外観から判断すると、
戦前から建てられたとわかり、
既に三級歴史建築と認定されました。
内装もほぼ当時のままで、
まったく手に届かない家賃で借り出してるだそうです。


次元違い家賃とは言え、
木製の床からの音、めちゃくちゃ高い天井、
やはり一回ぐらい住んでみたいですね。


大坑の歴史建築と言えば、
タイガーバームの生みの親、
胡文虎氏が1935年に建てた別荘~『虎豹別墅』(Haw Par Mansion)でしょ。


お父さんが連れてもらったことが子供時代の思い出が鮮明です。
一級歴史建築になった別荘以外、
90年代より土地が売却され、高級マンションに建て替えました。


以前にも何回か別荘の限定公開が開催されたが、
最近ほとんどやりません、
次にどのような活用されてるか決まったそうだからと思います。
内装もほぼ当時のままで、
まったく手に届かない家賃で借り出してるだそうです。


来年から音楽学校にするための工事進んでる中、
玄関の入口から中の様子を伺うことしかできませんでした。
あまりいじらないように祈っています。
我々再びあの懐かしい風貌が堪能できることを期待しています。  


『虎豹別墅』のすぐ近くにこの看板がみつかった。
番外編になりますが、
大坑の坑道がどれだけ大きいか今になるとわからない中、
香港島に洪水対策として、
地下に巨大な排水施設が5年ほど前が完成したことで、
大坑がそのビクトリアハーバーへ排出する終点とわかった。
如何に大役に設定され、
今でも坑道の活躍が託されてるそうです。


看板を後にしたら、
勵德邨』もう目の前です。
大坑の見所は思った以上多いでしょう。


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