2018/05/16

ブルースリー愛用の上着?の真相

果たして、
『555』の製品はどんなものか実際購入して着て感じてみた。
感想を述べる前に、
まず購入に伴い、
もらったこの透明な『555』バックをご覧ください。
【Made In Hong Kong】はもちろん、
縦に【線衫】にもプリントされています。
別に「爆買い」をしたわけではなかったのに、
ありがたいおまけまでつけてもらったといううれしさ、
何とも言えないです。


今回購入した商品はブルースリーにもよく着用されたタイプで、
半袖のヘンリーネックのシャツ?下着?
それでも上着という『555』の定番製品です。
はっきり言って、
利工民の金鹿牌で同様半袖のヘンリーネックのものとさほど変わらない、
あくまでデザインを指していますが、
実際は箱開けてみないと断言できません。


開けた模様はこんな感じですが、
仕上げ服をアイロンして、折り畳んでから、
ビニール袋まで入れてる作業がすべて工場で一人の担当から任しています。
写真を撮れてなかったのが残念でしたが、
今どきにしたら、
貴重な風景で、この一着の重みを増します。


服に手作業でタグが付けられています。
当然あの【Made In Hong Kong】が光っています。


さて、開封したら、
前開きの襟で仕上げ服をアイロンして、折り畳んでから、
ビニール袋まで入れてる作業がすべて工場で一人の担当から任しています。
写真を撮れてなかったのが残念でしたが、
今どきにしたら、
貴重な風景で、この一着の重みを増します。


さて、開封したら、
前開きの襟で仕上げ服をアイロンして、折り畳んでから、
ビニール袋まで入れてる作業がすべて工場で一人の担当から任しています。
写真を撮れてなかったのが残念でしたが、
今どきにしたら、
貴重な風景で、この一着の重みを増します。


袖を伸ばしてみたら、こんな感じです。
確かに「利工民」さんのデザインと大きく変わりません。


シャツの裏にこの【香港製造】のタグがついています。
いかにも香港という感じです。


決定的の違いはおそらく裾であります。
縫い目の高さと伸縮性がとても象徴的だと思います。


試着した感想ですが、
下着より上着という感じが強かった。
心地よい肌触りに包まれて、
真夏で出掛けても体がべたべたにならなく、動きやすかった。
無敵とは言わないが、
絶対苦にならなく、むしろおっておき一着にした方がいいと思います。


しかしながら、
ブルースリーも愛着されてたかどうか今でも決定的な証拠がみつかりません。
過去にいろな写真をチェックしてみたが、
上半身映りだけではなかなか「利工民」か「555」か見分けられません。
逆にファンの方がその真相がみつかりそうだと思います。

(写真はインターネットから引用)

「555」のオーナーである呉さんから説明して頂いた内容で、
素材は「利工民」とは違うという一言が印象的でしが。
とても話しやすい方のため、
もっと細かく聞けばよかったと思います。
そして、世代交代できてから、どんな「555」になるか楽しみにしています。

(写真はインターネットから引用)

日本人の仲間と同行させてもらったことで、
呉さんもとっても喜んでました。
今後日本の皆さんにもっとアピールするようにお願いしてみた。
残念なことはパタパタしてる中、
呉さんと一緒の写真を撮るのが忘れました。


パタパタしてる理由はこの【Made In Hong Kong】のパンツ、
香港製造のシャツは珍しいとは言え、
香港製造のパンツはさすがに初めて見たから、
ちょっと興奮気味で思わず買いました。
当然履くつもありはなかったが、
ひょっとしたら、世界唯一の香港製造のパンツになる可能性あるため、
買い物に熱心になりすぎました。


お会計ですが、
白シャツは135HKドルで、パンツは20HKドル、
お手頃価格で実用性がありながら、
貴重なお土産になるではないかと思っています。
とにかく、外来者からの買い物や見学は歓迎です、
ただ、作業風景が見れるかどうか運次第です。

全新織造廠有限公司
住所:大角咀埃華街33號安業工廠大廈7/F
営業時間:0900~1800(月~金)、0900~1300(土)、定休日:日曜日

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2018/05/11

ブルースリー愛用の上着?製造現場

今年創業90年、
最初の拠点とするマカオでしたが、
30年代から香港に移ってきて、
50年代の絶頂期に向った後、
70年代にブルースリーにより中興させられたものの、
あれから再ブレイクすることもなく、
現在は一般の香港人にとっても認知度の低い「香港製造」ブランドになり、
唯一の生産ラインはここ「大角咀」の工業ビルのワンフロアに取り残され、
流行に合わせることもなく、
独自の技術とスタイルを貫き続いています。


香港のジョーダンにある裕華デパート二階以外、
この老舗ブランドの商品を入手するために、
本社工場に行くしかありません。
工業ビルの外壁に若干『555』と見れるところが今回取材のターゲットです。


まさか、辿り着く前にスリル満点のスライド式エレベーターが待ってくれた。
序の口からワクワクさせられました。


入口の看板は如何でしょうか?
香港らしさを感じ取られますか?


工場内に入ったら、
受付に誰もいませんでしたため、
体がずうずうしくさらに奥のところに進んでみました。


瞬間に見渡せる空間がまさしく生産ライトというもの、
黙々と働いてるスタッフが2,3人ほどいて、
その手前の包装箱こそ看板商品の『555』シャツです。


昔ほど生産量と出荷量ではなくなったため、
工場内の稼働日が限られます。
取材当日の生産ラインが稼働されてる光景が見れるなんでランキーでした。


既に梱包作業終了の製品が目の前にあって、
現在はなかなか見れない「MADE IN HONG KONG」の段ボールが並ばれ、
どこかへの出荷分でしょうね。


工場内にディスプレイのコーナーもあります。
自慢の製品に照明が当てられながら、綺麗に飾られています。


製品によって、パッケージのデザインも変わります。
どれでも時代を感じるものです。


さらに、過去の栄光となる写真までに展示されています。
数多かった作業員の作業風景はもちろん、広々とした工場、
セントラルに位置した専売店なども写真を通して、
どれだけ偉業工業ビルの外壁に若干『555』と見れるところが今回取材のターゲットです。



偉業と言えば、
80年代になし海外進出を成し遂げて、
毎月一万着もアメリカまで輸出したことが今でも語り継がれます。
その立役者ははハリウッド女優のボー・デレクです。
この一枚のポスターがまさに引き金です。
『555』のインナーシャツを着てる姿が多くの女性を魅了したとのことで、
買い求める人が相次いでた、一時期ブームにもなりました。
その後、アメリカの代理店がポスターを香港に送られてきて、
今でも工場内に大事に保管されているそうです。

(インターネットから引用)

このポスターをよく見てみると、
おへその位置でシャツに『555』の社名がプリントされています。
残念なことはこのタイプのシャツもう生産していません。
ただし、工場内の販売コーナーにはいくつの商品が販売されています。
サイズもある程度揃ってあるため、
お気に入りの商品がその場で入手できます。
確かに現金のみでした。


何を買うか迷ってる最中に、
オーナーの呉さんがどこかに出てきて、
以前ブログにも紹介した『利工民』との違いを説明して頂きました。
うなずぐほど納得しながら、
念願の『555』商品をゲットしました。
果たしてどんな模様か次のブログへお楽しみにしてください。


住所:大角咀埃華街33號安業工廠大廈7/F
営業時間:0900~1800(月~金)、0900~1300(土)、定休日:日曜日

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2018/04/27

コネある客家料理~醉瓊樓

チェーン店ではないのに、
絶頂期の時になんと50店舗まで盛んだった客家飯店。
現在もう片手しか数えられる老舗になってきます。
今回、最も歴史ある一軒を訪れて来ました。
昔ならどこでも簡単に食べれる客家料理ですが、
まるで「絶滅危惧料理」で、
しっかりその味を噛み締めて行かつもりでした。


まず『醉瓊樓』という命名ですが、
1950年代以後、
香港の客家一族の人数が急増するため、
客家料理のニーズもとも増えています。
1956年、第一号の『醉瓊樓』がコーズウェイベイで誕生しました。
当時の人気っぷりがまさに起爆剤のように、
あっちこっちもその看板が見れるほど有名店になりました。


しかし、あの50店舗まで繁殖された『醉瓊樓』ですが、
ほとんどオーナーが違った、
オーナーたちも良き仲間であって、
客家料理をもっと世の中に広めてもらえば、
『醉瓊樓』の店名の使用が容認されています。
ネーミングの著作権法が導入した以後、
それぞれの店名が微妙に弄ったため、
『〇〇醉瓊樓』、『醉瓊樓〇〇店』などもややこしくなってきます。
ただ一つ言えるのが、妙に弄ったため、
『醉瓊樓』を見かける所がまだ下町の感じが取り残されてるエリアです。


ともかく、『醉瓊樓』という看板を見れば、
本格的な客家料理を味わえながら、
レトロな雰囲気な内装も期待できます。
特に今回訪れたこの店、
この年代なら、
消えていくぱっかりロフトが備えています。


壁の色使い、懐かしいタイルがタイムスリップをさせてくれます。
メニューも開業当時からほとんど変わらないようです。


我々は約6時45分の入店ですが、
まだまだ店内がガラガラ、
写真の撮り放題の時間でした。


特別に座りたい席があれば、
事前予約して、テーブルの確保ができると思います。
当日で壁に張り付けたメニューの中で、
一人様のためのも提供されてるようで、
恐れず店内にチャレンジしてもよいかと思っています。


ここからロフトへの階段、
一人用の背もたれ椅子に多数があります。
意外とすんなり入れるはずです。


当日注文した料理ですが、
とてつもない客家料理の数々です。
まずこれ定番中の定番、
《客家釀豆腐》(客家の肉詰め豆腐)、
なぜ日本人が麻婆豆腐あんなに好きか理由がわかりませんが、
きっとこっちの方が日本人から好まれると思っています。


次は《鹽焗雞》(塩蒸し鶏)、
シンプルだから、好きです。



もちろん欠かさない《清蒸大鯇魚》(ネギ生姜添え蒸し鯇魚)、
香港人の食卓によく見かける一品です。


最後はこの客家名物の《梅菜扣肉》(豚バラ肉と梅菜の蒸し煮)、
一度食べないと、
客家料理を味わったとは言えませんほど有名な料理です。
これだけで白ごはんがたまらない日本人がやほどほいるようです。


ほかには日替わりスープを加え、全て五品、
4人セットで合計498HKドルのお得なメニューでした。
野菜炒めの単品だけ追加すれば、
もう満腹を抱え込んで帰れるはず。
どれでも超絶品とは言えませんが、
客家料理の本来魅力となる素朴さが思い存分味わえました。



また、この『醉瓊樓』の夜には80年代を彷彿させるネオン管が見れるほか、
昼顔も意外と見応えがあります。
看板の上の建物にかつて輝いた面影がまだ残されています。
しかし、
昔、『醉瓊樓』から離れた元従業員から創立した『泉章居』と比べ、
発展の道がまったく異なっています。
感慨深いものも感じられます。 


住所:佐敦西貢街7號地下
営業時間:1100~2300(年中無休) 
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2018/04/18

唯一の人力車夫~もしかして最後の

香港の最古の交通手段と言っても過言ではありません、
植民地になったばかり頃、
セダンチェアの唯一の競争相手でもあります。
実は当時現れた人力車は日本から導入されるものとのこと、
かなり長い時期に一般市民の交通手段として各地に溢れました。
しかし、
1960年代から交通機関のバスが普及し始めてから、
人力車の運命が大きく変わった。
まず、植民地政府が人力車の営業ランセンスの発行が慎重になり、
1968年が正式発行停止となった。
あの頃は取り残されてた人力車はわずか300台前後でした。


まさに、今回ご紹介した香港唯一人力車のランセンス所持者、
1968年というギリギリのタイミングでこの業界に飛び込んだ~『洪さん』、
68歳の高齢で全財産の13台人力車を抱え込んでしぶとく経営しています。
もちろん昔のように乗りたがってるお客さんが大勢わけではないため、
毎日人力車の前の待機することはありません。
乗りたい人が自ら電話や通信アプリで連絡して予約しない限り、
洪さんの姿が見れません。


また、『洪さん』の都合の日、時間帯でしか対応してくれません。
本人曰く、今ほぼ趣味として継続してる、
そして、香港にも人力車があると皆さんに知ってもらう一心でやっています。
やはり年は年で、
移動は思わず行かないこともあるだろうか、
指定時間帯の通りに来られなかったものの、
電話中でしっかり覚えてもらって、
あとどのぐらい着くまで丁寧に教えてもらいました。
サービス業の大先輩である『洪さん』がお客さんの心理を知り尽くしています。


スターフェリーターミナルがスタート点で、
セントラル第四フェリターミナルを折り返し、
スタート点に戻るという簡単なコースですが、
68歳の『洪さん』にとっては容易ではないはず、
会ったばっかり時にとってもおしゃべり好きな感じでしたが、
いざ一生懸命引いてる時に黙々となり、
最初はで小走りだったが、次第に歩くという如何に大変か伝わって来た。


昔からセントラルの海沿いは『洪さん』の営業本拠地ですが、
一時期ビクトリアピークでも人力車を引いたことあります。
結局今のスターフェリーターミナルの所に定着しました。


コース途中に外国人の観光客のみならず、
一部の香港人の若い人たちがこの引いてる人力車を見ると、
何か新しいものを発見したように騒立った。
数十年前にまだポストカードや写真で香港のシンボルとして登場してたのに、
もうまったく認知度はありません。
あの瞬間に『洪さん』の気持ちと分かち合えました。


返還前にまだ観光客だけでやっていけた収入が得れたものの、
この重要な香港トレードマークがいつの間にか放置された。
取材当日、ちょうど引いてもらった時に、
人力車観光バスが『洪さん』の背景になった、
なんか風刺的は絵にもなった。


今回わずかな距離のコースですが、
前後20分程度で、
料金は200HKドルでした。
話によると、返還前とそれほど変わりませんでした。
距離がもうちょっと長く、
コース路線の選択もあったとかもしれません。
それにしても自力で稼いだお金ですから、
『洪さん』にとって、深い意味ある収入のようです。


唯一の人力車営業ランセンス所持者とは言え、
『洪さん』は孤独ではありません、
取材当日は親戚な方がほかの管理されてる人力車をメンテナンスしてた。
将来に引き継がれるかどうか未明、
法律上は可能かどうも明言していませんでした。
とにかく、興味ある方一刻でも早く体験してみてください。


上記最初の一枚の写真でも『洪さん』の連絡先も映されています、
広東語しか対応できないですが、
現場のある表示をよく見てみると、
英語通訳のポランティアの方の連絡先でも書かれています。
広東語を話せない方はこちらの方にお願いをしてもいいはず。
どうしても日本語なら、
一度私に連絡をしてください。
時間を許す限りに手伝います。


現在『洪さん』は人力車を引くだけで生活できるわけではありません、
自ら人力車を作り出したり、
外国人にも販売しています。
かつてイギリスと日本のお客さんからの購入実績があるようです。
ほとんど手作りで、
販売価格は約2万HKドル。
ボランティアの方が公式Facebookページまでつくってあげた、
香港人力車の詳細について、
こちらのサイトでもどうぞ⇓
皆さん、香港にも人力車があることを忘れないでください。
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